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モノのほとんどが、子供が小・中学校に通っていたときに使っていた本や道具になります。
こういうものは学校で新しく買うのも高いですしね……新学期の今を狙って、メルカリにどんどん出品しております。
そんな、モノの片付けをし、メルカリ用に梱包の作業をしつつ、以前にTwitterで書いたことを思い出していました。
「モノを手放し、周りのモノを少なくする」この作業とこの記憶が紐付いたのでしょうね。
これらのつぶやきから、先程のつぶやき、そして以下のつぶやきに繋がっていきます。
このように、生活インフラも「モノ」も、少なければいい、なければいい、というわけではありません。「少ないほうがいい」というのであれば、少ないながらも自分が快適に過ごせるよう、モノを選んだり、設備を整える必要はあります。ですが、なにかを削ることに多幸感を感じているのであれば(目的のために節約をするのなら話しは別です)、それは危険といえるでしょう。
ダイエットが良い例えかもしれません。痩せることに快感を覚えてしまって、やりすぎて拒食症を招く……。
一方、「モノが多い」ことにおいても。
モノが多い家は、片付けが大変だし、ホコリやゴミがたまりやすい。使わなくなったものが多いから、「モノ」と「ゴミ」の判別がつきにくい。モノの停滞=生活も含む、全ての流れの停滞を生むから、運気が悪くなりやすい、といえます。
ダイエットの例だと、過食状態で見た目にも健康にも悪影響が出ている状態ですよね。
「モノ」にもそれぞれ役割があります。その役割を理解した上でちゃんと「モノ」が活かされているのであれば、モノが多い家だろうと運気はいいし、いい運気が保てるのではないでしょうか。「モノ」は活かされないと、ただの「ゴミ」になります。
(遺品やアルバムなどの思い出のあるものは、時々引っ張り出されるなら「モノ」になりますが……)
「モノが片付いていて、きれいなお家は運気がいい」といいますが、これはモノの量は関係なく、その家の「モノ」たちがちゃんと機能していれば、多かれ少なかれ、運気がよくなると考えます。
モノが少ない家の場合、住む人の環境や設備が整っていて快適で、貧困や我慢、不便さを感じない家であれば運気はよくなります。逆に、極度にモノを減らしたり、生活インフラが整っていなければ、その家の運気、住む人の運気も悪くなっていきます。少ないモノを使わないで放っておく、もですね。
「モノが少ないと、その家や住む人の運気がいい」というわけではない、といえるのではないでしょうか。
モノの量どうこうではなく、ストレスなく、衣食住すべて整った状態で快適な生活を送ることが、いい運気を呼び寄せます。そのために、自分にちょうどいい「モノ」の量を把握する必要があるでしょうね。多すぎず少なすぎず、自分の目や手が行き届くくらいのモノの量ですね。
もちろん、モノの質も大事なのですが、質をキープするための工夫もしないといけないので、トータルで考えながら、家の中のモノや設備を揃えていく必要があると、私は思います。
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